「情報共有」をするということ | Technolog.jp - ICTウェブマガジン

「情報共有」をするということ

当たり前のように使われている言葉「情報共有」について少し考えてみたことがあります。

学生の頃、学校には掲示板があって、学内のイベントや試験の情報などが張り出されていました。これに目を通さないと試験の日程も分からず、単位を落としかねません。部活やサークルに所属していると仲間からそういった情報が入ってくる上に試験対策ノートまで出回るので、特に気になりませんが、そうでない人からすると卒業にも影響する生命線です。

社会人になり、ある程度の規模のある企業に就職すると、こちらにも掲示板があります。それは学校と同じように物理的に存在するものであったり、電子媒体だったりします。会社勤めをしていると客先訪問や出張で社内にいないことも多々あるので、最近ではインターネットを利用したグループウェアも多いかもしれません。

情報は知っているか知らないかで一人一人の行動に大きな影響を与えます。これは「損得」と同じレベルの話しです。現代社会は知識社会と言ってもいいくらい情報が重要なリソースとして扱われ、それを有効活用できる個人または集団が大きな利益を得ているようにも見受けられます。

それでは、そもそも情報共有とはどういったものでしょうか。

仏教の世界ではないですが、世の中で生活をしていると欲が出てきます。自分の知っていることは誰にも教えたくない。私も含めてそういった考えを持ったことのある方が大半ではないでしょうか。しかし、企業が組織として成長するためには一人一人が意識を変革させ、自分の知っていることを他の誰かに伝えることが重要です。そこに役職や勤続年数は関係ありません。本当に必要なことに対しては誰もが平等です。そして、その情報を理解し、活用しようと頭を悩ませることに意義があると感じています。

ITの世界にはオープンソースと呼ばれるプロジェクトが世界のあちらこちらで日々産声をあげ、対外的に高い評価を得ているものは生き残り、そうでないものは姿を消していきます。大企業でも積極的に採用されているオープンソースはその使用に関して一切金銭を必要としません。半ボランティア的な思想の下、プロジェクトリーダーが自分が素晴らしいと思うことにすべてを捧げ、ソフトウェアの開発と改善に時間を費やしています。Linuxもその一つです。

話しが少し膨らんでしまいましたが、企業人にもこういった精神があってもいいと思います。当然、企業は利益を追求して生き残る集団ですので、社外に対してもこういった姿勢は取れませんが、社内では、個人がリソースの一つとして出きることが沢山あると思います。そして、それを実現しやすい環境を作ることが管理者の使命のひとつではないでしょうか。

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